第77回ルマン24時間耐久自動車レース レポート
土曜日, 6月 27th, 2009今年も行ってきました、ルマン24時間耐久レース。
フランス ルマン市のサルテ・サーキットで6/13(土)~14(日)の日程で
開催されました。
6月8日月曜のフランス到着だったのですが、前日は後輩の結婚式で朝方まで、
その前日は某超有名総合格闘家にご指名をうけて緊張のなか往診治療と
かなりあわただしく、あまり心の準備が整わずにルマン乗り込みとなりました。
加えて、豚インフルエンザや世界的不況のなか、観客が盛り上がるのか密かに
心配してたんですが、今年も例年同様30万人以上の人たちが集まりました。
さすがモーター王国ヨーロッパ、熱気が違います!!
今年の野田英樹選手の愛機は昨年同様Lola Mazda、チームもドイツのプライベート
チームKSM(クルーズ シラー モータースポーツ)から。
私がサーキット入りした月曜は、天候は小雨、肌寒いいまいちの天気事情。
思わず昨年を思い出しました。昨年は決勝の2日間、ほとんどが雨で
夜の気温は2・3度。凍える気温のなか毛布に包まり治療してました。
上の写真を撮ってるときも、いきなり雨が降ってきて、大慌てでマシンをピットの
中に収納してました。
今年も決勝は雨かも・・・。いやな予感が走りました。
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今年のゼッケンナンバーは『39』
ドライバーは昨年ヨーロッパ版ルマンシリーズをともに戦った同じメンツ、
Jean De Pourtales選手と、Matthew Marsh選手。
出場カテゴリーは『LMP2』プロトタイプマシンの排気量“小”のカテゴリーです。
もちろん野田英樹選手は今年もエースドライバー。
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まだ月曜、火曜などはレース場には関係者しかいないんですが、
水曜あたりになると、大きなキャンピングカーでヨーロッパの各地から
観光客が訪れ、お店もあちらこちらに出店し賑わいをみせてきます。
レース場まわりは大渋滞。普段5分の距離が1時間以上かかります。
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金曜日は例年どおり選手たちがクラシックカーに乗ってルマン市内を練り歩く
パレード。沿道には30万人の観客。そしてわがチームには、な・なんと、
8人のレースクィーンたちがっ!!
いやはや、当チーム、はっきり言ってめちゃめちゃ目立ってました。
大会関係者のエライさんもこぞって写真を撮りに来てました。
スポンサーのひとつ、クリエイトネットワークさん(道路状況などを配信するIT企業)
が連れてきてくれました。いやぁ~、華やかでした。
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今年の治療はチームスタッフやスポンサーの方々、レースクィーンまで
広い範囲で治療させていただきました。
1週間、レースを完遂するために各自が与えられた仕事を完璧にこなすよう
誇りをもって最大限の努力をつぎ込みます。
ドライバーや監督が目立ちがちですが、チームみんなが力を出し合って
はじめて大きな結果を生み出します。だから完走して24時間走り終わった後は
だれもが勝利者なんです。その達成感を感じるためにがんばってると言っても
過言ではないでしょう。
決勝を迎える土曜日くらいにはほとんどの方々が疲労困憊です。
野田選手のマネージャーの彼は毎日2時間くらいの睡眠でレース場を
駆けずり回ってました。レースクィーンたちは高いヒールを履いてピット内を
炎天下のなか延々と練り歩きます。ピット内のメカニッククルーたちは
徹夜続きでほとんど寝てません。
私の治療がチームのため、彼らのために少しでも役立っていたならばありがたいです。
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さていよいよスタートです。
昨年とは打って変わって晴天。気温は28度まで上がってました。
2・3日前までの気候がウソのようです。
レース出場車はグリッドまで手押ししていきます。そして最後までメンテナンスしてます。
実は午前中の練習走行中に見つかったエンジンのオイル漏れがこのグリッドの
並んだ時点でも解決していなくて、走行自体も微妙な状態だったんです。
写真でもわかるようにグリッドに並んでもカウルをはずしてメンテしてました。
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上のゼッケンナンバー9は24時間後、歓喜を浴びるマシン、
優勝車両のプジョー908HDi ジェネ/ブラバム/ブルツ組。
プロトタイプのマシンは乗り込むスペースはすごく小さいんです。一台数億円です。
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各車勢ぞろい。ウォームアップランを一周したあと、
満員の観衆のなか午後3時、ローリングスタートします。
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ゼッケン39も勢いよく飛び出したんですが、先のトラブルが解決してなかったので
1周回っていきなりピットイン。そこから長い作業に入りました。
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長いピット作業もなんとか終わり、エースドライバー野田英樹選手の登場です。
3人でのドライブで24時間を走りきるんですが、どうしてもエースドライバーは
重要な時間帯に走ったり、他のドライバーより多く走ることになります。
コックピットに収まる野田選手のバイザーのなかの眼光はするどく殺気立ってます。
普段笑顔のやさしい野田選手とは全くの別人です。命がけですから当たり前ですが。
近づくこともままなりません。
ドライブを交代するとただちにメカニックに走行状態の報告を事細かにします。
この報告によってマシンのセッティングも決まってくるので報告内容にもセンスや経験が
問われます。ベテランの野田選手にはこのあたりも大いに期待されての起用なんです。
休憩や治療はその後です。
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この時期のフランスは日没が午後10時半くらい。
もちろん日没を迎えてもまだまだ序盤です。
夜間走行のかんじを野田選手に聞いたことがあるんですが、真っ暗闇のなか、
ほとんど感覚で走ってるとのことです。それでも路面の状況は瞬時に判断してる
らしいです。裏ストレートでは400キロに近いくらいのスピードが出てるにもかかわらず、
ですよ。一般では理解できない感覚です。
実際昔のルマン大会では多くの人が命を落としてます。
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夜間走行、夜中2時過ぎから夜が明ける6時過ぎまで4時間あまり野田選手が
ロングドライブし、ピットに帰還したところ。心身ともに疲れ果ててました。
この後何度かピット作業があったものの何とかしのぎきり、フィニッシュまで1時間半
くらいを残しエースドライバーの野田選手にチェッカーを受けてもらうために交代。
あとはミスなくドライブすればLMP2カテゴリー5位入賞が待ってました。
私たちも観客になり終了へむけ期待をふくらませていた午後1時半すぎ、
チェッカーまであと1時間半の時点で、当初より問題になっていたエンジンからの
オイル漏れに引火してしまいマシンが炎上。マーシャルが消火する事態に。
ドライバーの野田選手は無事脱出。
チェッカーを受けなければ完走にはならないので、なんと野田選手やスタッフが
手で押してピットに戻し、修復作業にかかります。
しかし残念無念、どうすることも出来ず、フィニッシュまで残すところ
あと45分で無念のリタイアとなりました。
《野田英樹選手の公式コメント》
「初日のアクシデントから始まり、トラブルの連続で非常にタフなルマン挑戦でしたが、最後まで諦めてはいけないと言う事を肌で感じた一週間でした。日本からは50名以上の応援団が駆けつけてくれ、現地に来られなかった、スポンサー、ファン、友人などからもたくさんのメールや電話を頂き、一人で走っているのではなく、その期待に何よりも応えたいという気持ちでした。
しかしスタート直後からエンジントラブルが続出。度重なる修復作業でかなりのタイムロスをするも、チーム全員ができることの最大限でそれぞれが戦い、残り1時間と言うところまで走行し順位はこのままゴールすれば5位入賞が目前でした。チームは最後の大役を私自身にステアリングを委ねてくれ、最後の走行のためにコースに戻りました。ところがその数周後、突然またもやエンジンに異変が発生しました。コース上からピットまではまだ5キロメートルほどの距離が残っていましたが、何が何でもマシンをピットまで戻して修復し、意地でもゴールさせるつもりでした。しかしながらピットまであと50メートルと言うところでエンジンから火を噴き完全にストップ。それでも諦められず、その火を消してでもマシンを押してピットに戻し、何とかする気持ちでした。あれだけチームスタッフが必死に頑張り、ドライバー3人ともがミスなく走ってきておきながら、どうしてまたもエンジンに足を引っ張られるのか・・・。納得できませんでした。その頑張りはピットまで戻る間、グランドスタンドにいた観客の壮大な拍手が表してくれていたように思います。
ルマンへの挑戦は今回で終わりにするつもりでしたが完走&入賞を目前で逃したまま辞める訳には行かないようです。来年もあの場に戻りこの悔しい思いにけりをつけに行きたいと思っております。今回ルマンへの挑戦に協賛、ご協力をいただきました皆様に心からの感謝を申し上げます。結果はリタイヤとしか残りませんでしたが、その内容は何よりも大きなモチベーションにつながりました。そして野田英樹の挑戦はもうしばらく続きます。」
(監督のコメントともにレース内容など、http://www.hideki-noda.com/ に詳しくのってます。)
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チームメイトの隻腕ドライバーのジャン。戦い終わって一息ついたときに
声をかけました。彼は左腕が肘から先が義手なんです。ドライブするときは
義手をステアリングに固定します。ハンデも何のその、右手でギアチェンジし
300キロオーバーでマシンをぶっ飛ばします。
普段は某有名証券会社の支社長、メガネかけてたらホント銀行員にしか
見えません。見事にハンデを克服し充実した生活を送ってられます。
宿泊所のシャトーに戻り、野田選手も合流し、スポンサーの方々とともに打ち上げです。
今回は昨年とは違いスポンサー、関係者を含め野田応援団が60人を超えていたので
打ち上げも盛大でした。この席で野田選手は来年リベンジへの意気込みをみんなの
前で高らかに宣言してくれました。
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気がつけばみんなでシャンパンファイトにビールかけが始まり、スポンサーの
社長さんたちまでびしょびしょ。お酒が苦手な野田選手まで、みんなに絆され
シャンパンを一気飲み。ものすごく貴重なショットをいただきました。
最後はみんなで野田選手を胴上げ。来年に雪辱を誓いました。
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今回も様々なトラブルにみまわれハードなルマンとなりました。
でも、だからこそ世界三大レースに挙げられる大会なんだと思います。
昨年に引き続き悔しい思いをしましたが、14時間あまりでリタイアした昨年よりも、
今年はチェッカーまで45分とステップアップしました。
野田選手も来年に雪辱を誓ってくれました。
三度目の正直になればいいですが、そんなに甘くないのもルマン24時間。
来年出場したら三度目なんで完走できる、なんて保障は何一つありません。
でも物事を達成するために最初からネガティブなら進む話も進まなくなります。
各々がやれることを確実にこなし、強い信念を持って成功を信じ、突き進むしか
ありません。それをこなしてはじめて成功へのスタートラインに立てるんです。
だからこそ気持ちを揺さぶられ、感情移入し、感動を呼ぶんだと思います。
来年が楽しみです!!



